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2008.05.24(Sat)


KinKi Kids
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KinKi Kids
基本情報
出身地 日本
ジャンル J-POP
活動期間 1992年 -
レーベル ジャニーズ・エンタテイメント
事務所 ジャニーズ事務所
メンバー
堂本光一
堂本剛

表・話・編・歴
KinKi Kids(キンキキッズ)は、ジャニーズ事務所所属の堂本光一、堂本剛の2人で構成される男性アイドルデュオである。
1992年結成。 略称「キンキ」・「KinKi」。北京語名「近畿小子」。 所属レコード会社はジャニーズ・エンタテイメント。

目次 [非表示]
1 メンバー
2 概要
3 経歴
4 ディスコグラフィ
4.1 シングル
4.2 アルバム
4.3 ベストアルバム
4.4 その他アルバム
4.5 ビデオ/DVD
4.6 再発盤
5 出演
5.1 バラエティ
5.2 テレビドラマ
5.3 CM
5.4 ラジオ
5.5 映画
5.6 舞台
5.7 コンサート
6 関連項目
7 外部リンク



メンバー
堂本光一(どうもと こういち、1979年1月1日 - 、B型、兵庫県芦屋市出身)
堂本剛(どうもと つよし、1979年4月10日 - 、AB型、奈良県奈良市出身)

概要
ジャニーズ事務所にとって、初のデュオ、初の近畿地方出身のグループ、など何かと初が多い。2人とも同じ1979年生まれだが、学年(学齢)としては光一が1月1日生まれの早生まれ、剛が4月10日生まれの遅生まれなので、光一は1年上の1978年である。また、2人の姓は「堂本」と同じだが血縁関係はなく、全くの他人である。

テレビ番組や雑誌などでよく「Kinki Kids」と表記されている場合があるが、正しくは「KinKi Kids」で、「K」は全て大文字である(参考記事)。また、KinKiという単語は英語圏ではKinky(変態)に語感が似ているため、しばしば誤解される。

イメージカラーは、光一が赤、剛が青。コンサートで使用するマイクには、持ち手の部分がそれぞれのカラーにされている。

デビュー当時、事務所が決めた2人のイメージカラーは光一が青、剛が赤だったが、活動を重ねるうちに上記のように、イメージカラーが入れ替わった。

ファンクラブの会員番号は、1番が光一、2番が剛である。


経歴
1991年5月5日、横浜アリーナで行われていた光GENJIのコンサートで初めて出会った。事務所入りは、共に姉がジャニーズ事務所に履歴書を勝手に送ったことがきっかけである。また2人共メディアや人前に出るのが苦手であり、剛は「自分は、人前に出るのが凄く苦手」、光一も「現在でも、仕事以外では極力人前には出ない。」とインタビューで話している。

現在、二人とも作詞・作曲が出来る能力を持っているが、グループで発表している二人のオリジナル曲(共作も含む)は少ない。これは二人が”他の作家の方に自分達の作品の製作を依頼し、その楽曲を発表することにより、自分達が楽曲製作を学ぶ為”、あえて外部の作家に依頼した楽曲を発表している。その成果は、数少ないオリジナル曲、そしてそれぞれのソロ活動に生かされている。(ソロ活動の楽曲の殆どは、本人達が製作したオリジナル曲である。)

1992年より、アイドル雑誌などで2人揃って活動するようになる。 正式なグループ名が決まる前までは、「ジャニーズ関西組」、「堂本ブラザーズ」、「W堂本」などの呼び名があった。 その後、1992年12月31日放送の『NHK紅白歌合戦』でSMAPのバックとして出演した際、「KANZAI BOYA(カンサイボーヤ)」という名前で紹介される。 そして、中居正広司会の『キスした?SMAP』第1回放送(1993年4月4日)にて、正式に“Kinki Kids”の名に決定した。 尚、“K”の文字がすべて大文字に統一されたのは、1994年末からである。

1994年12月31日、日本武道館でファーストコンサートを行う。1999年には、『NHK紅白歌合戦』の歌の合間のコーナーでゲストとして「フラワー」を歌った。

1997年7月21日、シングル『硝子の少年』、アルバム『A album』の同時発売でCDデビュー。共にオリコン初登場第1位を獲得、ミリオンセラーを達成(『硝子の少年』はオリコン調べで売り上げ178万枚、ジャニーズ・エンタテイメント発表によると出荷枚数265万枚)。アイドル歌手のデビューシングルの売り上げとしては、小柳ルミ子の『わたしの城下町』(1971年、150万枚)の記録を26年ぶりに更新し、1997年度のCD売り上げ2位を記録。以降、『愛されるより 愛したい』・『全部だきしめて/青の時代』・『フラワー』と、4作のミリオンセラーを記録(ジャニーズ・エンタテイメント発表によると、デビュー以来出荷枚数ではシングル11作連続ミリオンセラー)。また、26作連続でオリコンシングルチャート初登場第1位を継続、今なお自身で記録を更新中である。これは、デビューから連続しているもので、アイルランドのグループ、ウエストライフを上回って世界最高記録となり、ギネスブックにも掲載されている。デビューシングルの『硝子の少年』から24枚目のシングル『Harmony of December』までのシングルが30万枚以上売り上げている。

音楽活動の他、バラエティ番組の司会でも活躍。特に『LOVE LOVEあいしてる』では、吉田拓郎や坂崎幸之助(THE ALFEE)の指導でギター演奏に取り組み、また、多くのミュージシャンとの親交を深めるなどその後の自身の音楽活動に大きな影響を与え、シングル『好きになってく 愛してく』では日本のアイドルグループとしては初めて自らの作詞・作曲による楽曲でのオリコンランキング1位を獲得した。

2007年末から行われる年末年始恒例となっている東京ドーム公演、「We are Ø'n39!! and U?」の日程が公演最終日の元旦で30公演となり、単独アーティストによる最多公演記録数を更新する。


ディスコグラフィ

シングル
タイアップについてはこちらを参照。
硝子の少年(1997年7月21日)
愛されるより 愛したい(1997年11月12日)
ジェットコースター・ロマンス(1998年4月22日)
全部だきしめて/青の時代(1998年7月29日)
Happy Happy Greeting/シンデレラ・クリスマス(1998年12月9日)
やめないで,PURE(1999年2月24日)
フラワー(1999年5月26日)
雨のMelody/to Heart(1999年10月6日)
好きになってく 愛してく/KinKiのやる気まんまんソング(2000年3月8日)
夏の王様/もう君以外愛せない(2000年6月21日)
ボクの背中には羽根がある(2001年2月7日)
情熱(2001年5月23日)
Hey! みんな元気かい?(2001年11月14日)
カナシミ ブルー(2002年5月2日)
solitude 〜真実のサヨナラ〜(2002年10月23日)
永遠のBLOODS(2003年4月9日)
心に夢を君には愛を/ギラ☆ギラ(2003年6月18日)
薄荷キャンディー(2003年8月13日)
ね、がんばるよ。(2004年1月15日)
Anniversary(2004年12月22日)
ビロードの闇(2005年6月15日)
SNOW! SNOW! SNOW!(2005年12月21日)
夏模様(2006年7月26日)
Harmony of December(2006年11月29日)
BRAND NEW SONG(2007年4月25日)
永遠に(2007年9月12日)

アルバム
A album(1997年7月21日)
B album(1998年8月12日)
C album(1999年8月4日)
D album(2000年12月13日)
E album(2001年7月25日)
F album(2002年12月26日)
G album -24/7-(2003年10月22日)
H album -H・A・N・D- (2005年11月16日)
I album -iD- (2006年12月13日)







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